ワインバーグのシステム行動法
ワインバーグのシステム行動法
感情の渦巻く難しい人間関係の中で、いかに適切な行動をとるか?
共立出版(1996)
ソフトウェア・プロジェクト
G.M.ワインバーグ
★★★★☆
ワインバーグの4巻本の3冊目。Congruent Actionとは、”適合的行動”と訳されているが、要は状況にふさわしい適切な行動である。どのようにしたら適合的に行動できるかがテーマである。CMMとのアプローチとの違いを鮮明にしている。すなわち「人」に焦点を当てるのである。
ソフトウエア開発において、適合的でない例は次のようなものである。
・時間とおりプロジェクトを完成させる見込みがほとんどないとわかっていながら、それを認めて上司に報告し、代わりの計画や手法を議論できない。
・遅れているプロジェクトに新たに開発者を投入しても、さらに遅らせるだけだと知りながら、何もしないように見えるのが我慢できない。
・どなりつけると事態はさらに悪化すると知りながら、やめられない。
・解決すべき問題を明確に理解しなければプロジェクトは進展しないと知っていながら、開発者のコードを書きはじめたいという熱意に抵抗できない。
・「定義された工学プロセスは、健全な管理慣行の欠如から生じる不安定性を克服できない。ごく希にとびきり有能で、力強い管理者だけが、そのような圧力に抵抗できる。」(ハンフリーとカーティス)
これより以下が導かれる。
1.無能で力のない管理者しかいなくても、不安定性を克服するために定義された工学行動を組織的に導入する。(CMMのアプローチ)
2.非常に有能で力のある管理者を組織内で発掘し養成する。(ワインバーグのアプローチ)
・SEIや他の学会が1の方針を追求しているのは誠に重要である。それは、この方針がコンピュータに携わっている私たちがいつもよく追求し、よく知っているものだからである。すなわち、方程式から人を消去して、品質達成の方法を理解しようとするからだ。
・「お粗末な管理は他のどんな要因よりもソフトウエアのコストを急速に増大させる」(ベーム)
・リップ・バン・ウインクルの手法:2年後に目が覚めて「どうしてこのプロジェクトは2年も遅れているんだ?」ということを知りたがる。
・フィーディーニの手法:こみいった公式と変換で煙に巻き、じっさいになにをやっているのかわからなくする。
・適合性へ移行するために内なるメッセージを再構成する例
非適合的:誰かが私を批判するだろう
適合的 :批判は避けられないものだ。贈り物として受け取ろう。
非適合的:私はよくないと思われるかもしれない。
適合的 :誰かが私をよくないと思ったとしても、私は生き残る。
非適合的:私は完全でないと思われるかもしれない。
適合的 :私は完全ではないので、完全であるとみなされる必要がない。
・多くの専門家は彼らのやることにほとんど成功しているので、めったに失敗を経験しない。彼らはめったに失敗したことがないから、失敗からどう学ぶかを学習したことがない。したがって、単一ループの学習戦略がうまくいかなくなると、いつも防衛的になり、批判を遮断し、自分以外のあらゆる人に「非難」を浴びせる。要するに彼らの学習能力は、もっともそれを必要とする瞬間にまさしく停止してしまう。(ハーバード・ビジネス・レビュー)
・私たちはソフトウエアの仕事はみな論理的だと考えがちであるが、多くの行動が感情に基づいて選択されている。
・性格の差異を資産と認識する--ソフトウエアの仕事は、多様な仕事から構成されているので、ある一つの性格やタイプや一連の技術や、一つの見解だけでは仕事のすべての部分に適応できそうもない。これこそ、私たちがソフトウエアに携わる人々の間の差異を必要とする理由である。
・品質とスケジュール目標のトレードオフが出来ないと感じると、管理者は人々の交流の質を犠牲にしたいという気になりがちだが、そうすればすぐに品質とスケジュールの両方に代償を支払わなければならない羽目になる。
・非難の中毒をやめさせる--一般的には、批評は、非難や罰としてではなく情報として与えられた方がもっと受け入れやすい。非難を行っても、人々に非難を回避する方法を見つけようと動機づけるだけである。
・MOIモデルはチームや個人がうまく機能していないときには、失われた要素が何かあるかもしれないことを示す。動機(M)かもしれないし、組織(O)かのしれないし、情報(I)かもしれない。読者の仕事はどれであるかを見つけ、それに応じて介入することである。
・私自身にしたところで、気分がよくないとき、人をいじめ、無視し、非難し、自分を非難し、困難な状況から逃げ出し、抽象の中に雲隠れしたことがある。こうしたことを通し、自分が適合的でないとき、ソフトウエア工学の問題を解決しようとしたり、ソフトウエア工学の組織を作ろうとしたりすることは無意味だということを学習したのだった。それでわたしは、まず最初に適合的になると言う要の行動をとる、読者にもそうしてもらいたいと希望しているのである。

