猫の最近のブログ記事
暑さも一段落して、また膝の上に乗ってきたり、夜、ベッドの毛布の上に乗るようになりました。
結構、気まぐれですが・・・。
「フーちゃん、グーちゃん連れてきなさいよ」と言っているのですが、どこ吹く風。
「グーちゃん」と呼びながら近づくと、ワイルドに抱きついてきて、噛むは、ひっかくは、で大変なじゃれよう。
まるで、「どこ行ってたんだよう」と文句を言っているよう。
でも、それはぼくの台詞だよ。
15分後に帰り道で同じところを通ると、まだ寝そべっている。
撫でてやると、今度は私について走ってくる。
時々、車の下に隠れたりしながら、小走りに近くまでついてきました。
でも、後数十メートルというところで、ついてくるのをやめました。
多分、ハンティング・テリトリーが狭くなったかどうかしたのではないかな。
でも体はきれいだったし、空腹そうでもなかったので一安心。
時々遊びに来てくれると嬉しいのですが・・・。
去勢手術も終わって、病気の検査も白、うちの子にしようと思っていたグーちゃんが飼い猫だったのです。
病院から帰って、首輪をつけて外に出したのですが、次に来たときには首輪がとれている。
緩くしてやったからとれたのかな、と思っていると、翌日来たときには、鈴のついた首輪をつけていて、首輪には飼い主の名前が書いてある。
いつものように、部屋を探索して、ご飯を食べて、ごろ寝をしていくグーちゃんですが、残念です。
シルバーの迷子札まで作ったのですが、ムダになりました。
去勢したことで、訴えられたりしなければいいのですが・・・。
首輪もしていないし、汚れているので、ノラだと思うのですが、とても人懐っこくて、家の中に入りたがります。
しばらく様子を見ていたのですが、フーちゃんも優しい声を出しているし、去勢してエイズの検査が陰性ならうちの猫にしてもいいかなと思っています。
一昨日からは、ご飯もあげています。ほとんどフーちゃんの食べ残しなのですが・・・。
明日の朝、獣医さんのところへ連れて行きます。
明日は手術なので、今晩はご飯はあげられません。
ケージに入れられて一晩、動物病院で過ごすのは、かわいそうではありますが、グーちゃんの幸せのためと思って、心を鬼にして病院へ連れて行きます。
そうそう、名前はグーちゃんにしました。大島弓子さんのグーグーにならったものです。
エイズの検査が陰性でありますように・・・。
出不精で父と散歩をする人懐っこいニャンコです。
mixiで議論になっていたのですが、こういうテーマは感情的になりやすいです。
肯定派も否定派も、正しいのは自分だと主張し、相手を非難するだけ。
相手を説得しようとするから議論が沸騰する。
飼い主と猫との数だけ、それぞれの答えがあって、しかるべきと思います。
私は条件付きの肯定派なのですが、それは、相手を、単に気が向いたときに撫でるだけの対象ではなく、野生を残した自立したパートナーとして、尊敬し、共存する相手であるという思いからです。
フーちゃんには、ほかの猫と遊んでほしいし、虫やカナヘビやネズミを捕ってほしいし、木登りもしてほしい。
猫がかつてそうであったような、猫らしい一生を送ってほしい。
もちろん、病気やけがのリスクはあります。
猫を外に出している人は、それを承知の上で、猫らしい生活の方を選択していると思います。
条件付きと書いたのは、外の条件がどうにも危険な場合があるからです。
室内飼いを選択した人は、それはそれでよいと思います。十分、猫ちゃんを愛してあげれば。
これが私の考えです。

最近出た、岩合光昭さんの写真集2冊。
こんな写真撮れたらなあ・・・。
猫に対する愛情が切々と伝わってきます。
頭で押して開けることが出来ると学習したみたいです。
誰も教えていないのに不思議なものです。
ほとんど音もなく、騒ぐこともなく出入りしています。
入ってくる瞬間を撮りたかったのですが、一瞬でこんな写真に。
毎日、ブログをチェックしているのですが、大勢のにゃんこに囲まれて本当にうらやましい生活です。
前に、クロを保護してお医者に連れて行こうと、クロ用の缶詰やケージやらを用意して準備していたのですが、間に合わず、クロは天国に行ってしまいました。
それで、そのときの缶詰を、「さくらのにゃんこの母上」に差し上げたのですが、そのお礼にと、今日、Cowbellの焼き菓子が届きました。
義妹の話によると、予約しないと買えない、有名なお菓子だそうです。
早速、コーヒーと一緒に、いただきました。
おっきなチーズが入っていて、とってもおいしかったです。
ただただ恐縮です。
最初にフーちゃんが、猫ドアのフラップを開けてから、4日、もう大丈夫だと思っていた時に、問題が発生しました。
外に出たのはいいが、入れない。
外で鳴いています。
何とか入れようと、中から、「フーちゃん、こっちだよ!」と呼びかけるのですが、フラップを引っ掻いても開かない。
大分たってから、フラップの外から中へのスライド式のスイッチがロックされていることに気がつきました。
どうやら、外へ出る時に、フラップを、足で引っ掻いたときに、ロックされたらしい。
急いで、ロックを解除したものの、時すでに遅し、フーちゃんは、もう開かないものだと諦めて、玄関のドアの前で座っています。
これが条件づけされたら、まずいと、中へ入ろうとするフーちゃんを、入れないようにして外へ出て、フラップを手で全開にしてやって、入れてやりました。
ロックされたのは偶然かと思ったのですが、その日の深夜、フーちゃんが出ていく気配で、フラップを見ると、やはり入り方向のスイッチがロックされている。
どうしようかと試行錯誤した揚句、入り方向をロックするスイッチの部品を外してしまうことにしました。
これで、入り方向は常にオープン。とりあえず問題回避です。
ここでこの製品、「CAT MATE」の良い点と悪い点を
良い点
1.フーちゃんが出る度にドアを開けてやる必要はない(特に深夜など、助かる)
2.ドアを半開きにしておく必要がないので、防犯上、非常に良い
3.上に関連して、フーちゃんが外に出ている間、財布とかカード類を常に携帯する必要がない
4.フーちゃんは、外をトイレにしているので、私が長時間、外出するときなど、トイレの心配をする必要がない
5.冬の暖房費や、夏の冷房費が減ると期待される
6.外出直前や、お風呂の直前に、フーちゃんが出たがっても問題なし
悪い点
1.ガラスに穴をあけるのに費用がかかる。
2.出入りするように訓練しなければならない
3.フラップを引っ掻いて、ロックしてしまうことがある
4.いつも首輪と迷子札は必須(今までは外出するときだけ、つけていました)
悪い点の1,2,3は既に解決済みなので、4だけですかね。フーちゃんが慣れてくれれば問題なしです。
今回は、愛想悪くしたので、嫌われた模様。
残念です・・・。
ミミちゃん、また今度。
取り付けが27日なので、4日目に成功しました。
結構、苦労しました。
1.出入りは、ここでしかできないことを分からせる。出たがると、猫ドアまで連れて行って、ドアを手でいっぱいにあけてやる。
2.押せば開くということを分からせる。最初は、指で少し隙間を作ってやる。
3.その際、フーちゃんを無理に押し出したりは絶対しない。
頭で押してあけると思っていたのですが、実際は、前足を入れて、隙間をつくり、そこに頭を突っ込んで入ります。
スムーズに入ることもあれば、ジタバタしてなかなか入れないこともあります。
もう少し練習すれば、うまくなると思いますが。
なんにしてもおめでたい!
今年はきっといい年になります!
猫ドアは「CAT MATE」という商品名で、ガラスに穴をあけて取り付けるものです。
ドアは透明で、上に蝶つがいがあって、猫が頭で押すと開きます。
IN方向、OUT方向が、それぞれ、オープン・ロックを選択できます。
ドアの下部には磁石が付いていて、パタンと閉まります。
またドアの周囲には、雨風よけのケバが付いています。
最近、寒い日が続いていますが、冷気は大丈夫のようです。
3年保証と書いてあります。(ただ外国製なので保証がきくかは不明)
足場は、わざわざ家具屋さんに作ってもらったもの。
防水仕様で2年は大丈夫だそうです。
それが過ぎたら、塗料を塗ること!
一番の問題は、フーちゃんが使ってくれるかどうか・・・。
どうやって、慣れてもらうか、悩んでいるところです。
昨日は、まず、出る練習と入る練習。
ドアのところへ連れて行って、ドアを手で開けてやると、自然に出て行きました。
入る方も、ドアを手で開けると、頭突っ込んで入って行きました。
さて、これを、頭で開けるようになるでしょうか・・・。
御馳走も楽しみなのですが、アメショの瑠々(ルル)ちゃん、萌花(モカ)ちゃんと会うのも楽しみ。
写真を撮ったり、撫で撫でしたり。
最初は、警戒していましたが、帰る頃には、足元にきて、ジーンズのにおいを嗅いでいました。
フーちゃんのにおいがしたのかも。
でもあっというまにキャットタワーに駆け上がる俊敏さにはびっくりします。
やはり日本猫とは違うんだなあって妙に感心しました。
アメショはもともと船の上でネズミを捕ることが仕事だったらしいので、その血が受け継がれているのでしょうね。
残念ながら、お土産に持っていった、「エゾ鹿ジャーキー」は食べてくれませんでしたが、いつものようにひとしきり猫談義。
楽しかったです。
写真上が瑠々ちゃん、下が萌花ちゃん。
奥森すがりさんの写真・エッセイです。
奥森さんも、捨てられた子猫たちを保護して世話している、善意の方です。
年配の方かと思ったら、20代の女性だそうです。
写真も文章もほんとに素晴らしいです。
ペット・ブームの中で、それとは対極にある、小さな生き物の命をいつくしむ優しい心をもった人です。
先日のテレビで、ペット・ブームに苦言を呈する投書があって、要は「動物の命よりも、人間の命を大切にしろ」というもの。
たしかにペット・ブームの中には、眉をひそめるような事柄も数多くあります。
でも往々にして、こういう一見、反論のしようがない極端な意見が出てくるのですが、こういう意見に対しては、私も、こういう極端な反論をすることにしています。
「それでは、全世界で、一人の死者もなくなるまで、あなたは、全ての収入を慈善団体に寄付するのですか?」
遠くにいる人間の命も大事だし、すぐそばで助けを求めている小さな命も大事。
そういう多様な意見が人間の文化を形作るのだと思います。
誰が言ったのか、幸せな家庭というのは、太った猫が寝そべっているような家庭だ、というようなことを聞いたことがあります。
極端な意見を言う人は、かわいそうに、小さい頃に、動物を飼ったことがないのでしょう。
小さい頃から、私の実家では、犬も猫も飼っていました。今でも山で捨てられていた猫を飼っています。
その思い出は、本当に温かいものです。
私は、両親に感謝しなければならないでしょう。

