ヘッセのポートレイト
殺風景だった仕事部屋の壁が、3Mの両面テープのおかげで、ポスターやら、写真やらでにぎやかになっています。
一番飾りたかったのは、ヘッセのポートレイト。
Googleのイメージ検索で、大き目の写真を3枚手に入れて、Canonのプロフェッショナルフォトペーパーをわざわざ購入して、HPのプリンタで出力しました。
音楽、文学、ビジネスで尊敬できる人は多いですが、一人選ぶとすれば、やはりヘッセ。
一番好きな「荒野の狼」も新訳が出たし、またブームにならないかと期待しています。
その「荒野の狼」の3つの翻訳を比較してみました。最後の新訳が断然わかりやすい日本語になっていると思うのですが・・・。
それになんだってまたそれはこんなにちらちらし、ふき消されそうで、気まぐれで、読みにくくなっているのだろう? が、待てよ、どうやら拾い読みに、つないで二つ三つの言葉がつかめたらしい。 それはこう書いてあるのだ。
魔法劇場
尋常の人は、入場お断り。
----尋常の人は入場謝絶
私はその門をあけようとした。重々しい古いとっ手は押そうが引こうがびくとも動くものではない。文字の広告板は突然動くのをやめてしまった。急にそれはむだだったことを思いついたように悲しく、消えてしまった。私は二、三歩あとずさりにさがって、ぬかるみの中へ深くふみこんでしまった。もう光の文字は現れてこない。広告は消えてしまったのだ。長い間私は泥んこの中に立ちつくして、待っていたが、むだだった。
ところが、私もつい思いあきらめて、また舗道の方へ戻ってきたとき、雨に濡れてにじんでいるアスファルトの目の前に色鮮やかな光の文字が、二つ三つ、ぽつぽつと浮かび上ってくるではないか。
読んでみると、
入場者は、----狂気の人----に限る!
というのだ。(芳賀檀 訳「荒野の狼」昭和26年 人文書院 ヘッセ著作集)
----なぜこんなに瞬間的に、吹き消されるように、気まぐれに、読みにくい文字なのか。だが、待て、こんどはうまくいったぞ、いくつかのことばをつなげて読みとることができたぞ。つぎのような文句だった。
魔術劇場
だれでもの入場はお断わり
----だれでもはお断わり
私は門をあけてみようと試みた。重い古いハンドルはいくら押しても動かなかった。文字の明滅は終った。突然やんでしまった。悲しく、そのむだなことを悟ったように。私は数歩さがって、ぬかるみの中に深く足を突っこんだ。文字はもはや現れず、広告は消えてしまった。私は長いあいだぬかるみの中に立ちどまって待ったが、むだだった。
あきらめて、もう歩道にもどったとき、私の前でいくつかの色のついた照明文字が反射するアスファルトの上にしたたり落ちた。
私は読んだ。
入場は----狂人----だけ!
(高橋健二 訳「荒野のおおかみ」1982年 新潮社 ヘッセ全集)
それにどうしてこれは、ほんの一瞬表示されるだけですぐに消えてしまい、気まぐれに表示され、読むのにこれほど苦労しなければならないのだろうか。だが、待てよ、今度はなんとかうまくいった。いくつかの文字を順につなげてかろうじて判読できた。それは次のように書かれていた。
魔術劇場
入場はだれでもはお断り
----だれでもはお断り
私はその門を開けてみようとしたが、重くて古い取っ手は、どんなに押してみても動こうとしなかった。広告の電光表示は終わってしまった。それは突然終わったのだが、まるで悲しげで、自分の虚しい行為に気づいたかのようであった。私は数歩後ろへ下がると、ぬかるみに深くはまり込んでしまった。もはや文字は表示されず、その電光掲示板は消えてしまった。私はしばらくそのぬかるみに立ち尽くして待ってみたが、無駄であった。
あきらめてもう歩道に戻りかけたとき、私の前方で、色のついた電光掲示板の文字が二つ三つしたたり落ちるようにアスファルトの道路に反射した。私はそれを読んでみた。
ただ--狂人--だけの--ため!
(里村和秋 訳「荒野の狼」2006年 臨川書店 ヘッセ全集)


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