2004年2月アーカイブ
自分の心は自分でコントロールできる。
そう信じたい。
HAPPYもSADも気の持ちよう。
理屈はわかる。
でも簡単には行かない悲しさ。
「目に涙を浮かべていたら、
未来がよく見えない」
モホーク族の言い伝え
「まずは、私たちの心から、すべての否定的な考えを取り除いてください。
私たちの心が一つになれるように・・・・・・」
チェロキーの祈り
今日は朝6時半に、隣の奥さんに起こされました。ベランダから、ごみの集積所で白いものが動くのが見えたとのこと。
寝巻きのまま急いでいきましたが、もう影も形もありませんでした。
続いて、ごみ処理施設への電話で、私の近くで死んだ猫を回収したと言う情報があり、電話での対応では埒が明かないので、タクシーに乗って流山市クリーンセンターまで行ってきました。
対応された方は親切でした。焼却を待ってくれていて、箱に入った猫をトラックで事務所の前まで運んできてくれました。
ほとんど恐怖で緊張して箱を開けました。フーちゃんではありませんでした。黒い綺麗な猫で白い靴下を履いていました。目を開けて眠っているようでした。箱の中には黄色い花が一緒に入っていました。
それを見たとき、思わず涙を流してしまいました。安心したのと、きちんと葬ってやれない哀れな黒猫のためでもありました。
お礼を言って帰ってきましたが、4時過ぎに今度は小学生の女の子から電話があり、朝、学校のプールサイドで見かけたとのこと。
早速、学校に電話すると、教頭先生が会議中で、折り返し電話するとのこと。結局5時過ぎに学校へ行って、プールの近くを見せてもらいました。
フーちゃんの名前を呼びながら周りや隣の駐車場の車の下とかを見ていきましたが、確認できず。
Eさん、ありがとう。君は電柱のポスターの電話番号を、わざわざ控えて、家から電話してくれたんだね。おじさんはうれしかったよ。
絶望と希望の間を行ったりきたりした1日でした。
フーちゃんがいなくなって1週間もたたないのに、体重が2K減りました。
昨日の目撃情報はどうやら違う猫だった模様です。
所沢の半ノラだったフーちゃんが柏のマンションに連れてこられたのが、2000年の5月7日の日曜日。
流山の1軒家に引っ越したのが2000年8月。
失踪したのが2004年2月18日水曜日、計1382日間、一緒にすごしました。
お別れを言えなかったことが悔やまれます。
まだわずかな希望にすがっている毎日ではありますが。
「一匹として、
ありきたりのネコなどいない。」
コレット
土日とフーちゃんの情報は入りませんでしたが、ポスター貼りを続けました。
今日の夜9時ころ、犬の散歩をしている人の携帯から電話があり、似ている猫を見かけたと言います。
期待に胸が膨らみました。
その場所が、家から2件隣のアパートとは!
さっそく出かけて、名前を呼びながら探しましたが見つけられず、通報してくれた方に電話すると、現場まで来てくれました。
若いお兄さんだったのですが、親切に一緒に探すと言ってくれましたが、暗いので今日は断念。
明日、もう一度探します。猫違いの可能性も捨て切れませんが、少し希望がわいてきました。
フーちゃんがいなくなって2日目。最初の日はほとんど眠れなかったのですが、今日はまあまあです。
(メラトニンをたくさん飲んでベッドに入っています)
今日も、朝の日課で、清掃局と、環境サービス事務所、道路サービス、
動物愛護センターに問い合わせをしました。
近くの2つの動物病院にも連絡を入れました。
それから、昨日作った「迷い猫」のポスターを貼ってきました。
50枚全部は貼れなかったですが、明日また貼ります。
近くの掲示板にも、頼んで貼ってもらいました。
もし帰ってこなくても、いつか、これがフーちゃんの運命だったんだって、受け入れることが
できる日が来ると思います。
私と暮らした3年がフーちゃんにとって、幸せなもので
あったことを願っています。
でもお別れは早すぎます。10年早い!
今日は少し気を紛らわせる方法を発見しました。
一生懸命、仕事をすることです。もうこれしかない。
小さな仕事が入っているので、没頭しています。
その間だけ、フーちゃんのことを忘れられます。
昨日のお昼からフーちゃんが行方不明です。もう30時間以上たちます。いまにいつものようにドタドタと帰ってくるのではないかと待っているのですが、その気配はありません。
時間がたつにしたがって、帰ってくる確率が減ってゆきます。家の周りも何度も見回りました。市役所・保健所・清掃局・動物愛護団体、思いつくところに片っ端から電話を入れました。
今のところ手がかりはありません。
いなくなって初めてフーちゃんの存在の大きさに気がつきました。もう膝の上でのどを鳴らすこともありません。PCのディスプレイの前に座り込んでしまうこともありません。夜中に、おなかがすいたと起こしにくることもありません。いつものクッションの上で愛らしく眠っている姿はもう見ることができません。
3年以上にわたって築いてきた信頼関係。「さよなら」をいうこともできないまま、フーちゃんは行ってしまいました。
昨日はほとんど眠れませんでしたが、唯一の希望は、電話番号の書いてある首輪をしているということです。
フーちゃん、戻ってきて。フーちゃんのためだったら僕は何だってするよ。ドアはいつも開けてあるからね。
実はこのところ、仕事用のホームページに載せるサンプルプログラムを作っていました。たいしたものではないのですが、以前PHPで作ったショッピングカートを、そのままJSP/Servletでインプリしたものです。
さび付きかけているJAVAの勉強になりました。未だにどうしてもオブジェクトの破棄が気になって仕方がないのです。生成と破棄は、右括弧と左括弧のようなものという感覚があります。
それから今回は、FORMから入力した日本語をUnicodeに変換するところで問題です。テンアートニの「JavaプログラミングFAQ」はなかなかいい本だと思うのですが、そこにはJISAutoDetectを指定するように書いてあります。
今回、あるケースでどうしてもうまく変換できない場合があって、調べていくと、短い文字列の場合は誤変換があるので、JISAutoDetectは使わないように、とのこと。EUC-JPで無事、解決しました。
この場合、書籍が間違っていて、ネットの情報が正しかったのですが、こうやって少しづつスキルアップしていくのでしょうね、そう信じたいです。
「飛行機に一個の爆弾がしかけられている確率は100万分の一。
二個しかけられている確率となれば、100万分の一の100万分の一。
こんど飛行機に乗るときは、『当たり』の確率を小さくするために、
あなた自身が爆弾を一個抱えていくことです!」
ベニー・ヒル(イギリスのコメディアン)
今月の「SOHO domain」の特集は「価格大研究」です。この記事の中で、いいニュースが3つありました。ひとつはソフト開発の単価。月にすると、30万から120万で平均は60万。月160時間とすると、3750円/月となります。これは私の平均よりかなり高め。もっと値上げしていいと言うことでしょうか?
二つ目は、年齢の壁。求人情報で年齢ではねられることがおおいですが、田無市の重松寿さん(ソフト・システム開発)は56歳で年商3000万を達成している(人員3人)。ご自分でコードを書いているかは不明ですが、勇気付けられます。
三つ目は、地方の壁。新潟県上越市の梅山英行さんはデータベース・WEBシステム構築で年商500万をあげています。私もいずれ郷里の新潟に帰らなければいけないと思うので、新潟でもSOHOはできることを証明してくれましたことは非常にうれしいです。
単価の話に戻ると、重松さんは、この10年、単価は5000円/時間だそうです。一方でCGIを作っている木村さんは2000年当初800円/時間だったそうですが、それが2002年に2500円になり、現在は3500〜4000円/時間だそうです。
そういえば、先日見積もりを作って、価格が折り合わずお断りした会社は、CGIの改造を、2週間、メールのやり取りをして、サンプルプログラムを作って見せた後で、1日でできるだろうから1万円でやってくれと言ってましたっけ・・・。
ちなみにCGIとWEB製作をしている木村さんは群馬県太田市のSOHOで年商950万だとか。他人のことですがうれしくなりますね。
今日の朝、メールを取り込もうとして、サーバーに接続できず、失敗しました。始めはメールサーバーが一時的にダウンしているものと思ったのですが、ブラウザもMSNのページを表示できません。どうやらインターネットに接続していない様子。
まず疑ったのが、昨日入れたWindowsのパッチ。でもLinuxマシンでも状況は同じでした。次にルーターのリセット。PPPのLEDが点滅しています。どうやらPPP接続ができていない模様です。
プロバイダーの電話サポートは10時からでまだ早い。待つしかなくなりました。
幸い30分ほどで復旧したものの、このままだったらどうしようかと一時心配しました。
会社員時代、社内のネットワークは空気か水のようなもの、という比喩は、みんなタダだと思っているという意味で使われていました。実はコストがかかっていると言う反語です。
独立して、ネットワークの維持にかかる費用は馬鹿にならなくなりました。毎月NTTに5600円、プロバイダに500円、モバイル用のプロバイダに500円、ホスティング会社に3000円、の計9600円です。
とても空気や水と言うわけには行きません。
空気や水のような、と言う言葉を使うとすれば、それはネットワークがあって当たり前の存在になっているということでしょう。
この件のプロバイダー側の説明では、原因はNTT側のトラブルであったようです。復旧しなかったらノートパソコンとPHSでメールを送ることも考えました。まずは一安心ですが、やはりリスク管理として、PHS経由の接続手段を残しておいてよかった、と思った次第です。(月500円のリスク管理です)
両親の飼っているクロのことは前にも少し書きましたが、日曜日の夜に、とうとう逝ってしまいました。18歳と6ヶ月まで、後2日でした。
母親のプチが家で出産したのが、もうそんなに前だったのかと驚きます。18年と言えば、私が生まれてから高校を卒業するまでの歳月よりも長いのですから。
兄弟たちが、もらわれていったり、交通事故でなくなったり、家出をしてしまう中、一番臆病なクロが最後まで残りました。
生まれたときは首が据わらないような感じで、野良だったらとても生きていけないだろうと言われていました。
父によくなついていて、朝は起こしにくるし、毎日車で帰るのを待ち構えていたそうです。
父は、もっと早く点滴をしていれば、もう少し生きたかもしれない、と、大いに後悔しているようですが、私はクロは大事にされた幸せな猫だったと思います。
最後の日は、獣医さんに、足をマッサージしてくれと言われて、父と母が、風呂にも入らず、交代でマッサージしていたそうです。
今は雪が深くて、母親のプチが眠っている庭に葬ってやれないのが残念だと、言っていました。
父も母も動物好きなのですが、自分たちの年齢を考えると、もう猫は飼えない、といいます。亡くなるまで責任を持って飼えないかも知れないというのです。
今、特に父がペットロスにならないかと心配しているのですが。
All About Japanのフリーランスのアンケートによると、確定申告を全部自分でやっている人は78%、税理士に依頼している人は13%だそうです。
私は今年が初めてで、税理士さんにお願いしたのですが、来年からは一人でやろうと、固く心に誓ったのでした。
私のお願いしているところは、月1回自宅に来てくれて帳簿を確認します。記帳の際の質問にも答えてくれます。これで15,000円/月です。さらに確定申告は別に8万円取られます。
今日、税理士さん(の助手)が来て、決算書と申告書類の作り方を説明してもらったのですが、記帳ができていれば、ほとんど何も考えなくてもできますね。
これで8万円は高いですよ。M会計さん!当初M会計さんは1年契約の契約書を持ってきたのですが、とりあえず半年にしてもらいました。半年にしてよかった!
先日、SOHOを対象にして、月2000円から5000円くらいで、記帳と申告をやってくれるところもあることがわかりました。
もともと税理士さんに頼んだのは、「一人で経理ができる本」で、全部一人でやるのはやめたほうがいい、と書いてあったためですが、この本を書いたのは税理士さん・・・。
当然と言えば当然です。

アラン・パーカーの「フェーム」は、私の最も気に入っている映画の1本です。昨年末にDVDで発売されて、この週末に、何年ぶりかで見ました。
以前、私がレーザーディスクのプレーヤーを買ったのは、この「フェーム」と「天国から来たチャンピオン」が見たかったからでした。
当時、芸術高校で悩んでいる主人公たちに共感して涙を流し、突然訪れるクライマックスの卒業式では音楽に合わせて足を踏み鳴らしたくなりました。
劇場で見たのは、10ヶ月にわたるブエノスアイレスの出張中で、音声は英語、字幕はスペイン語でしたが、その感動は十分伝わりました。
出張先で、サントラのカセットを買って、"Dogs in the Yard"や"I Sing the Body Electric"を覚えてホテルの部屋で歌っていたものです。
後にTVシリーズにもなりましたが、こちらも大好きでした(DVDにならないかと待っています)。
今回のDVDは特典で、出演者が当時を振り返るインタビューと、アラン・パーカーが画面にあわせて解説する音声が入っています。
特に後者が面白かったです。アラン・パーカーが"Dogs in the Yard"を気に入っていたこと、TV版は健全でつまらないと思っていたこと、あの繊細な音楽青年、ポール・マクレーンがその後、ERにロバート・ロマノ役で出演していたこと等興味が尽きませんでした。
付け加えると画質はレーザーディスクより格段によくなっています。
今、仕事用のHPに載せる新しいサンプルプログラムを作っています。実は概要設計段階で足踏みが続いていました。遅々として進まなくなったのです。
先日読んだワインバーグの本では、「行動に挫折したら情報収集せよ。情報収集に挫折したら眠れ。」と言うのがありました。
ここで出てくるのが第3の選択肢です。それは「次の段階に進む」と言うものです。
先のプログラム開発の例では、詳細設計に進むというものです。それによって、今まで見えていなかったものが見えるようになり、概要設計を完結させることができるようになります。
ポイントは、途中の段階で完璧を目指さない、ということです。スーパーマンでない限り、先の先まで見通すことは不可能です。最終的によいものができればよいのであって、中間の生成物は、そのための1つの手段であるわけです。
ですから私は8割方できたら、次の段階に進むべきだと思っています。
というわけで、サンプルプログラムは詳細設計段階に入りました。

1ヶ月ほど前から始めたダンベル体操の効果を中間報告します。
NHKのDVDを見ながら毎日15分から20分、体操を行っています。全部で20パターンあって、それぞれ10回から20回を行います。
講師の鈴木正成さんによると、二の腕の脂肪を燃やしたい場合も、その運動だけをやるのではなく、一連の運動をやるべきだと言います。
二の腕の脂肪はいったん血液に出て、足の筋肉で燃えると言ったようなものだそうです。
それで、効果のほうですが、測定初日で、体重67.7、体脂肪率18.5、基礎代謝1493kcal、本日の測定は体重67.1、体脂肪率15.3、基礎代謝1554kcal。
ただし、すこし変動があるので、最近1週間と、それ以前のそれぞれ平均を比較すると、以前の平均、体重67.4、体脂肪率18.7、基礎代謝1499kcal、最近1週間の平均は体重67.4、体脂肪率18.3、基礎代謝1515kcal。
体重は変わっていないですが、体脂肪率が若干減り、基礎代謝が増えています。筋肉が増えてエンジンが大きくなっていて、脂肪も少し減っているので体重は変化がないものと思われます。
体重に効果が出るのは3ヶ月と言われていますので、そのころにまた報告します。ちなみに食事は何も変えていません。SOHOにはお勧めかもしれません。
ソフトウェア開発をやっていて思うのですが、いいツールと言うものは想像力をかきたてます。これをつかえば、あんなこともできるし、こんなこともできる、と日ごろ問題意識を持っている人ほどアイディアが浮かびます。
ネットの世界でも、当初、コンテンツがないのにブロードバンドにしてどうするんだと言う意見もありましたが、ブロードバンドになったらなったで、いろんな使い方が模索されています。
純粋にユーザの要求のみから生まれたツールよりも、ユーザーの想像力をかきたて、作った人が思いもよらない展開を見せる、というほうがよほど楽しいです。
また説明を読んだり聞いたりするよりも、使ってみたほうがすぐわかると言うのもよくあります。
ですから、まずMovable Typeをインストールして、それから考えるのも、悪くはない、と私は思います。中には、意外な展開になるケースもあるでしょう。それもまた楽しいではないですか?後は自然淘汰に任せればよいと思います。
というわけで、私は形(ツール)から入るのもありだと思うのですが、どうでしょう?

先日、フーちゃんをじゃらしていたら、あるときフーちゃんがじっと天井を見つめました。何かと思ってつられて天井を見て思い出しました。蛍光灯の交換のために、天井の灯りのカバーが外してあったのです。
彼らは何も気にしていないようで、結構よく観察しているようです。ちらかった部屋の中であっても、新しいものが置いてあると、必ず見つけてクンクンと検査します。
外に出たいと言うと出してやるせいで、最近、体が汚れてきました。耳の下のあたりと足が少し黒くなっています。「フーちゃん、黒いよ、クロイツェルソナタだね。」等とわけのわからないことをいっているのですが、ドライシャンプーでも汚れはよく落ちず、どうしたものかと思っています。
でも、おかげさまでフーちゃんは元気です。
先週、両親に電話した折に、郷里の両親が飼っている18歳のクロがものを食べなくなった、と心配していました。今は針のついていない注射器で流動食をやっているとのこと。この寒さと齢のせいだとは思いますが、父によくなついていたので、いなくなったらがっくりくるだろうと、遠くから心配しています。お正月に帰省したときには、とてもやせてはいましたがまだ元気だったのですが。
いつかくるお別れ。信頼関係を築いて静かに看取ってやることができるか・・・。いつものクッションの上で体をなめているフーちゃんを見ながら、そんなことを考えました。

今日のこの1曲は、Elton Johnの"Come Down in Time"(「遅れないでいらっしゃい」)。Tumbleweed Connectionの中の1曲です。
Elton Johnの2nd アルバム"Elton John"は高校生の私が始めて買ったLPでした。当時BS&T等のブラスロックやバカラック、ウェッブが好きだった私は、Elton Johnでシンガーソングライターの洗礼を受けたのでした。
ラジオから流れてきた"Your Song"はそれまでのロック、ポップスのように華やかではなったけれど、また最初は歌詞の内容もよくわからなかったけれど(歌詞も感動的です。)、また展開もドラマチックではないけれど、何故か聞いていて、涙が出てきました。
このころのElton Johnは(2,3,4枚目のアルバムのころ)、Paul Buckmasterという天才的なアレンジャーの助けもあって、最も素晴らしい作品を残していました。
アルバムの出来では2ndの"Elton John"か4thの"Madman Accross the Water"が最高でしょうが、どれか1曲と言われたら、"Come Down in Time"をあげます。スティングがカバーしたくなるのも当然です。
静かなハープの音から始まって、オーボエ、ストリングスが重なります。感情を抑えたElton Johnの声は御伽噺を朗読しているかのようです。
私はこの曲を聴くと、ルソーの絵画、「カーニヴァルの夕べ」を思い起こします。月明かりの中、さびしい道を男女がどこかへ向かっています。"Come Down in Time"はまさに月明かりの中のルソーの絵画のようです。


